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美しいくらし
海のヒーローがつなぐ里海の未来 三陸ボランティアダイバーズ 代表
佐藤寛志
第2回 がれきの海を目にして
 2011年3月11日、タイでスキューバダイビング(以下、ダイビング)のインストラクターをしていた佐藤さんのもとに、故郷を襲った災害の知らせが入ります。帰国後、目にしたのは変わり果てた地元の海。そのときから、海の再生を目指す長く険しい道のりが始まりました。

――タイで東日本大震災の知らせを受けた後、すぐに帰国されたそうですね。

 発災の4日後に帰国しました。タイでは現地の仲間が電池や下着類などの必要なものを準備して持たせてくれました。タイもまた2004年のスマトラ沖地震と津波で甚大な被害を受けた地域です。大荷物で飛行機に乗れるか心配したのですが、空港も航空会社も「何でも持っていけ」と協力してくれました。

 故郷の岩手に着いて海を見たときは絶句しました。子どものころから親しんできた海とは全く違う景色なんですよね。「あの海か」と信じられなかった。海の中がどのような状況になっているのか気になったのですが、3月は自衛隊や警察の捜索の邪魔にならないよう海では活動せず、陸での支援に専念しました。タイから持ち帰った物資のほかにも、国内外のダイバー仲間がいろいろなものを送ってくれたので、それを花巻の宅配便営業所で受け取り、そのまま営業所の駐車場で広げさせてもらって、仕分けをしては沿岸部に運ぶ、というのを毎日繰り返していました。

――震災から約1カ月、その年の4月から海中の清掃を開始されました。

 仲間のダイバーと2人でそろそろ海に入ってみようと話して、はじめは大船渡市の綾里漁港の海に潜りました。地元の漁師が重機などを準備してくれていたので、私たちダイバーが海に入ってがれきにロープを結び付けて、クレーン車で引き上げるという作業を一緒に始めました。ただ、海に入るといっても海の中は何も見えないんです。1センチ先も見えない。水面からは家の破片や車、漁具などが飛び出していて、棒で探って大丈夫そうなところから入っていく……という状況です。「危ないからやめろ」と言う方もいて、心配してもらいながらどうにか続けました。

陸と海の連携で行ったがれきの引き上げ作業

 津波被害の後のがれき撤去にダイビングを活用するというのは、史上前例がない活動だったと思います。先駆者がいないので、何をどうすればいいか右も左もわからない。がれきの量はすさまじく、海中は陸にあったものたちで埋め尽くされ、全部きれいにするなんて考えられないような状態でした。
 よく、「なぜこんなに長く活動を続けることができるのですか? モチベーションは何ですか?」と聞かれるのですが、モチベーションどうこうの前向きな気持ちではないんですよね。目の前にあるこの惨状をどうにかするためにやらざるを得ない。どうにかしなければ。そんな気持ちでした。生き物がたくさんいる本来の海を知っているから、なおさらだったのかもしれません。元の海に戻るのかどうかもわからないまま、「手を付けられるところからとにかくやろう」と皆で活動していく中で、全国各地からダイバーが駆けつけてくれるようになりました。

――気の遠くなるような作業ですが、ダイバー同士のつながりが活動を大きくしていったのですね。

 4月の終わりには三陸ボランティアダイバーズを結成して、大勢の方に参加いただける体制を作っていきました。しかしながら団体運営の難しさにも直面しました。どのくらいのスキルや経験がある方が来てくれるのかわかりませんし、冷たい海にどのくらいの時間や頻度で潜れるのかもわかりません。プロの方であっても、通常の海とは大きく異なる環境ですから、せっかく来てくれたのに全く潜ってもらえないこともあり、心苦しい思いをしました。しかも特殊な水中の作業ですから独自に保険をかけたり、安全管理のルールを設けたりする必要もありました。連日夜中の2時3時までメール対応や用具の整備に追われながら、どう取り組めばよいのか、毎日毎日自分たちで考えながらの活動でした。

海中でがれきにロープを結び付けるダイバー

 そのときに助けになったのが、先輩ダイバーたちの存在です。「ダイバー」とひと口に言っても種類はさまざま。私はレジャーダイビングのインストラクターですが、水中の土木工事に従事したり、学術系の研究目的で潜ったりする潜水士もいます。手探りでも少しずつ前に進むことができたのは、海と多様に関わるたくさんのダイバーに話を聞き、それぞれの知見や経験を集めることができたからです。

 そうした意味で、私自身のインストラクターという立場も役に立ちました。例えばアマチュアのダイバーに対して「この人はここまでならできる」「これを教えればもう少しできるようになる」といったように、スキルを見極めて指導することができるのはインストラクターならではの技術です。もし潜水士の立場であれば、初めから相応の資格を持つダイバーだけに絞り、アマチュアの方に参加してもらうことはなかったでしょう。広く門戸を開いたことで、これまでに8500人ものダイバーが活動に参加してくれました。皆さんには本当に感謝しています。(つづく)

――かつてない取り組みは、海の復興を願うたくさんの人たちと、それをつなぐ佐藤さんの存在があって初めて実現されたものでした。震災後の活動はのちにダイバーと地元漁師の間に大きな変化をもたらしました。次回は、海にたずさわる者同士の連携で生まれた新たな関係性に迫ります。

(写真提供:佐藤寛志、構成:寺崎靖子)

【NPO法人三陸ボランティアダイバーズ】ホームページアドレス
https://sanrikuvd.org/
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【さとう・ひろし】
岩手県花巻市生まれ。ダイビングインストラクター。NPO法人三陸ボランティアダイバーズ代表。タイやマーシャルの海でダイビングインストラクターとして活躍したのち、東日本大震災を機に帰国。2011年4月に「三陸ボランティアダイバーズ」を結成、同年10月にNPO法人化し、国内外のダイバーとともに約5年にわたり海中のがれき撤去に取り組む。現在は磯焼け対策など藻場再生を目指すほか、海洋環境保護に関わる人材育成にも尽力。第1回「環境省グッドライフアワード最優秀賞」受賞(2014年)、第4回「エルトゥールル号からの恩返し 日本復興の光大賞18」受賞(2018年)。
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